歴史ある紅白歌合戦

1970年以降の紅白の歴史

「紅白歌合戦」の歴史を年代別で見ていきましょう。

1970年代辺りから、紅白で歌われる曲層が変わってきたようで、アイドル路線の新御三家や花の高一トリオ、フォークソング、ニューミュージックなどが紅白で歌われるようになりました。このような変化に年輩の方からは「分からない歌を歌われても」と言う苦情が相次いで寄せられたと言う事です。

そのような意見を反映してか、1973年(第24回)放送分に当時は人気絶頂の西城秀樹さんの出演が確実とされていましたが、あまりのアクションの激しさから落選したと言う事実があります。

また、この頃NHKの基準から歌詞を変えて歌わせるような事も幾つか起こりました。そのことで折り合いがつかず出場を辞退した歌手もいました。その代表的な物が、かぐや姫が歌った「神田川」で、歌詞の「クレパス」の部分を変えようとしたらしいですが、今思うとその必要がどこにあるのかわかりませんが、当時はこのような事が多数あったようです。

視聴率は1970年代~1980年代前半にかけて高い視聴率で、80%を超えていた回もありました。しかし、当時白組の司会を9年間も努めていたアナウンサーの山川静夫さんは、視聴率の低下を理由に降板させられました。それでも、そのときの視聴率は60%を超えていたのですから、どれだけ驚異的な番組だったかを伺い知ることが出来ます。
これ以降、この驚異的な視聴率が出ることは無く、段々と低下していくようになってきました。